客を乗せているのでなければ、そのまま川へ飛び込んでボートに獅噛みついてやりたい気持を我慢して、他吉は客を送った足で直ぐ河童路地へ戻り、やっぱり親のない娘は駄目だったかと、頭をかかえて腑抜けていると、一時間ばかり経って、君枝はそわそわと帰って来た。他吉は顔を見るなり、怒鳴りつけ、 「阿呆! いま何時や思てる? 若い女だてら夜遊びしくさって、わいはお前をそんな不仕鱈な娘に育ててない筈や。じゃらじゃらと若い男と公園でボートに乗りくさって……。」 「お祖父ちゃん見てたの?」  と、君枝は平気な顔で、「それやったら、声掛けてくれはったら良えのに。次郎さんかて喜びはったのに……。水臭いわ。」  ボートに乗っていた相手は次郎で、この写真を引伸して呉れたのだと見せると、他吉の眼は瞬間細ったが、すぐ眼をむいて、 「ボートがひっくり返ったら、どないするねん?」 「次郎さん潜水夫やさかい、ひっくり返ったら……。」 「いちいち年寄りの言うことに逆うもんやあれへん。次郎ぼんであろうが、太郎ぼんであろうが、若い娘が男とべらべら遊ぶもんと違う。こんどめから会うたらあきまへんぜ。ええか。わかったか。」  君枝は首垂れて、蚊の音を聴いていたが、ふと顔をあげると、耳の附根まで赧くなり、 「次郎さんな、うちと夫婦になりたい言やはんねん。」  次郎なら祖父の面倒も見てくれる、三人で住めば良いのだと、もじもじ言うと、 「阿呆!」  蚊帳の中から他吉の声が来た。  それから五日経った夜、他吉はなに思ったか、いきなり、 「お前ももう年頃や。悪い虫のつかんうちに、お祖父やんのこれと見込んだ男と結婚しなはれ。気に入るかどないか知らんけど、結婚いうもんは本人が決めるもんと違う。野合にならんように、ちゃんと親同士で話をして、順序踏んでするもんや。明日の朝が見合いいうことに話つけて来たさかい、今晩ははよ寝ときなはれ。」  と、言い、無理矢理君枝を説き伏せた。 風俗人妻 能書きほど薬は効かぬ Powered by チャリブロ